人類向け動画インフォメーション

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見たい!その向上心が人類を進歩に導きこの文明を築いたといっていいのでしょう。何と言ってもこの衝動こそが私達の進化の原動力なのです。シンプルに考えてみましょう。恥ずかしがることなんて何もない。ただ純粋に求めればいいのです。ミクロの世界から宇宙の果てまで私達は知りたいのです。そして女性という未知なる神秘に触れてみたい。その扉を開けるのは今しかない。本当はとても遠くにあると思っていた。手の届かないものと思いこんでいた。そうか!そうだったんだ!君にはそれを見る権利がある。解き明かす自由があるんだ!ここから新たなる旅立ちが始まる。


パイパン動画











































B・ジェット・シティを意識して聞くようになったのは2000年を過ぎてからだったと思う。A井健一の別ユニットの楽曲をきいてさかのぼったというのが正直な理由だったと思う。妙にアメカジ?的な曲にドメスティックなニュアンスを帯びた私的なリリックが耳に残った。緊張感がすごいと思った。自宅から南東に50kmほど車で走ったところにあるローカルな場所を思い出す。地方の大型デパート。出店された雑貨店のアメカジティックな品揃えの中にそれらはあるような気がする。空はやはり梅雨時の曇り空。財布の中には千円札が一枚だけ、このリアルな過去の現実はきっと一生メンタル的に不安定な時に見る夢のロケーションとして永遠に繰り返されるに違いない。全てを切なさに変える雰囲気がミレニアム以降ぽっかりと空いた穴に妙にフィットしていたような気がする。こんな風に絵が描けたらいいと思っていた。ロードムービー的な展開にはっとさせられた。このストーリーにも必ず終わりが来ることを予感せずにはいられない。このレジスタントは形を変えなければ遂行不能な所まで来ている、自分自身がそういう気持ちの時期だっただけになおさらその感覚が強く感じられた。もうCDは一枚も持っていない。ハードディスクの中にWAVEとmp3形式で保存したまま2009年の今日までたってしまった。この梅雨時、ふと聴きたくなる音楽はやはりこのあたりのとがった回顧的なものが多いように思う。ここからやり直せるだろうか?めちゃくちゃにパワーを発散しながら自己実現に向かうスタンスを忘れかけている。じっとしていても全ては通り過ぎて行ってしまうだろう。ずっとミレニアムな気持ちで生きて行けたら素敵だ。居場所を変える方法もあるのかも知れない。しかし現状を少し変更するだけでもいけるのかも知れない。発展的継続でしか手に入らないものもある。物的世界でものを作り上げるには技術的蓄積は少なからず必要だからである。割りに、いいものが出来上がればいい。完璧などは求めていない。許容範囲内でどれだけいけるかが重要になる。写真を撮っていた。買い集めたものではなく、無著作物の採集からモノが作りだせる喜びを知っている。アナログ・グラフィックは三次元において表面のみをラッピングする、フェイクなメディアだと確信した。そこに進化を続ける過激なシンパシーを感じずにはいられないのだ。直接的立体物を制作することに興味は持てない。既存のそれらに対してのプレゼンスこそが自分の狙いであり、一番高揚する瞬間を生み出す場所なのだと確信している。

発掘作業のアルバイトに従事したことがある。丘陵地の斜面が住宅に造成する前に4000平方メートルほどの土地を地表1メートルほど掘削すると5000年前に掘られた多数の穴が出現した。住居跡はあまり興味なかったが、狩猟用の落とし穴が興味あった。80センチx2mほどの穴口はほぼ竪穴で2mほど堀抜かれている。当時28歳。穴の底部に仰向けに寝そべってみたことがある。穴の入口から空が見える。底部はややすぼまり幅60センチ、縦150センチほどだったと思う。青空、くもが流れていた。30分ほど仕事をさぼり空を眺めていた。下界からも多少距離があった現場だったのもあるが、とても静かだった。生命を全うしたとき、魂はこんな風景を見るのだろうかとたやすく想像することができた。あの穴が今となっては懐かしい。原寸大の自分が感じられた数少ない経験だった。

梅雨空はやはり自分のロケーションとしては最高の舞台といえると考えている。2000年以前、一生のうちでこれでもかというくらいスチール写真を撮影していた。その多くが曇りぞらの背景にモチーフが溶け込んでいる。それらのモチーフに青空は存在しないと言えるくらいの完成された世界が私の念頭には広がっていたと思う。コンクリートで出来た建造物、錆びた重機の風景は20世紀を越えて新世紀に入るための遺産といえるほどの存在感を放っていた。このインパクトやテンションは自分の制作スタイルはおろか、多くの価値観を構成する際の大きな決め手となっていることは間違いない。雨はこの後、必ず降り始める。そんな必然性を間違いなく呼び起こしてくれるのは、やはりこの季節ならではの魔法なのかも知れないと思うのである。

国道はまっすぐのびている。途中にガススタンドが点在しているだけで、他にはないもない。途中のレストランで食事をとる。長いカウンターの他には四人掛けのテーブルが三つあるだけだ。店の壁には片付け切らないごみのようなものが寄せられている。それはこの街の地層のようなもので消して崩れる事のない安定感に満ちている。ウィトレスに別れを告げよう。道はずっと続いている。この世界は一本の道で出来ている。その線対称の左右に構造的なものが付け加えられていくだけ。目隠しでバイクを運転したことがある。時間はそこで止まったままである。一枚の布きれに隔てられた世界は無限に広がっていた。それを取り去ったとき更に全く違う世界が広がっていた。「どこか遠くへ行きたい」ウェイトレスの言葉だ。けれどこれは多くの人間たちの代弁であるともいえる。クルマの街に生まれた人間は多にして粗野なやつが多い。男女例外なくだ。しかし彼らは情が熱い。強い結束力で繋がっている。途中で抜けるやつは全くいないと言っていいだろう。彼らはそこで子供を育てる。彼らのコピーが作られ続けると言っていいだろう。だからどんな困難な時代であってもきっと人類は滅ぶことはないだろう。構造とは未来的な革新的存在を指すわけではない。1960年代のヒッピーのまま生きてゆけることは幸福である。生きることに懸命である。そんなことにすら気付かずに生きて行けたら、その生涯は価値あるものであると言えるだろう。

B・ジェット・シティの世界を見つけに行く。壮大はアメリカの風景を日本の高度成長期以降の幼年期からの経験と映画の空気のみで描き出そうとして、それを成し遂げた。その方法が素敵だと思った。今でもあるのだろうか。国内でいい、出来る限りの経験を大切にしよう。制作時間を多めに確保する。ないものは経験を元に空想で補う。そこから現実に比類するほどのリアルなフィクションが生まれると信じている。去年、生まれて初めて海外旅行に行った。連れて行ってもらったというのが正しい。できる限りデジタルカメラのシャッターを切り、半年ぶりに見返すグァムはまったく素晴らしかった。未来が好きになる。彼らの曲からの引用である。自分にもまだ見ぬアメリカはあるはずだと確信する。このままずっと一人かもしれない。しかし今しかできないものがある。未来、ずっと一人であってもなしえないだろう。不安定というものは一種のエネルギーなんだと思う。フロリダ、行ったことのない場所を思い出してみる。本当は空想しているだけなのに懐かしい。それは幼年期に見た河と田んぼと朽ちかけた納屋を思い出しているからなのだろう。錆びた農機具と油だらけのトラクターがある。未来は先の方向だげにひろがっているわけではない。振り子の運動のようなもの。10年前の写真が時を隔てて今、未来へ直結することもあるのだ。流木の流れつく浜辺を限定することはそれほど重要ではない。むしろその光景がその後どうなるかが重要だ。2009年、再びアメリカが作られてゆく。

協調性などない。けれどこの先の旅のためには不可欠なものなのかも知れない。それは嘘の行為なのかもしれない。しかしその嘘を盾にしてでもやり遂げなければならないことがある。以前このような行動をとってかつての自分が自分の中でどんどん小さくなって行くことを感じたことがあった。本来の自分は消えないものだ。これが自然増殖してしまうことの方が社会生活を送る上で不便なのかも知れない。伸ばし放題の人間は野生化した猿か、純粋なアーティスト位なものだろう。己の原型を信じて常にさっぱりしておくこと。常に目につくところに置いておき、くじけないための銘石とすべきである。自己実現は個人ではなく社会というフィールドでパフォーマンスすべきなのだ。